石川啄木終焉の地


文京区の茗荷谷駅から歩いて7分。住宅街を進んでいくとひっそりと啄木の歌碑があった。隣には顕彰室として啄木の足跡がパネルや年表にしてある。
1886年明治19年岩手県で生まれた啄木は中学校卒業間近に上京、現文京区音羽に住む。しかし身体を壊し帰郷、その後北海道に渡るが1908年、再び上京し文京区内を転々とするが、1908年再び病いに倒れこの地で亡くなった。
歌碑に刻まれているのは啄木最後の歌とされている。『悲しき玩具』冒頭の歌2首である。この2首の直筆原稿を陶板にしてはめ込んでいる。そしてその歌碑は故郷の姫神の小桜石である。
呼吸すれば、胸の中にて鳴る音あり。 凩よりもさびしきその音!
眼とづれど、心にうかぶ何もなし。さびしくも、また、眼をあけるかな。
私の歌 啄木の絶筆書かれし姫神の小桜石はほのかに温し


受験生である孫の合格祈願に






自宅から車で20分ほどの八王子16号線沿いにある大法寺。入ってすぐの小苑にすっくと建っていた。


日野市にある梅林で有名な百草園に行って来た。駅からこの園までは凄い坂!体力がないとたどり着けない😭
私の住んでいる八王子市別所にある
